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石巻市JMAT報告:最終章

被災地への石巻市での三日間は、自分でも思ってもみなかったほどの緊張感が続いていたことを実感しました。2週間が過ぎてやっと落ち着いてきたと感じています。

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私は緊張感を解きほぐすためにも、好きな香りを持ち歩いています。外出先では意識していないところで、ストレスにさらされていることがあるので、そのような時に香りでリフレッシュするのです。休む前もリラックスができ私の頼もしいみかたになってくれるのです。もちろん悲しいときも香りで一歩踏み出す力をもらうことが出来るのです。


いろいろな制限のある状況のなかでの活動でしたが、あの悲惨な光景を目の当たりにし恐怖の体験を聞いたならば、被災者の方が受けた傷に寄り添いたくなります。検査も十分にできない環境で医師は診断をくだし治療のための指示を出し処方をします。看護師も全身状態を把握しながら的確なアドバイスをしました。そして薬剤師は限られた薬剤を準備し、効果効能が最大限に発揮できるような服薬指導をしました。事務部門もそれらを総合的に支えます。それぞれの職種がその時出来る精一杯のことをしてきました。いえ、何かに動かされたと言った表現が的確かもしれません。

わずか3日間のJMAT活動でしたが、震災から一ヶ月という時間が過ぎた時期に災害派遣活動では何が求められるのかというと一言で表すならば、ホリスティックな医療ができるという事だと思います。被災された方の医療を担う時、傷ついた心やスピリチュアルマインドをサポートとする医療が必要であることを忘れることはできないのです。

被災地での活動は今まで私が経験したことのない悲しい衝撃と人としての寄り添う意味を理解させてくれました。愛する人や大切な思い出の品、生活の糧や全てを失った事を思えば、普通に生きること、当たり前の生活を送れることの大切さをわからせてくれたのです。私が関わらせていただいた石巻の被災者の方々は、災害での出来事を受け入れて、わがままも言わずに今を生きています。これからも強く生きていただきたいと祈らずにはいられませんでした。

最後になりましたが、震災で失われた多くの命に対して哀悼の意を表すと共に、一日も早い復興を心からお祈りいたします。
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石巻市JMAT報告:3

写真の整理をしながら、石巻で大変な状況でがんばっていらして方々はどうされているか考えます。
短い時間でしたが、私たちの訪問診療を喜んで受け入れてくださったグループホームのみなさんを思い出します。

今回、同行した医師の一人が精神科医でした。先生は「心のケア」を今回のキーワードに参加されました。アロマトリートメントしたいとおっしゃっていました。もちろん私も賛同しできる限りお手伝いしたいことを伝えてありました。笑顔の優しい女医さんです。先生が担当したグループホームでの診察で下肢の浮腫みのある入所者の方が目立ちました。高齢者の方には足のむくみは多い症状一つです。

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先生は一生懸命思いを込めてフットマッサージをされました。印象的だったのはそれまで元気なくベットに横になっていた方がマッサージが終ると起き出して歩いておいでになったことです。派遣の3日間、グループホームに訪問診療しました。
最終日に皆さんからすばらしいプレゼントが・・・
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グループホームの看護師さんが津波で浸水した荷物から、唯一残ったハーモニカを演奏し皆さんで「ふるさと」の歌を私たちのために贈ってくださったのです。ハーモニカの音色とたどたどしくても遠くを見つめながら歌う姿は、震災で傷ついたふるさとの記憶を辿りながら、また以前のような自分たちのふるさとを取り戻そうとされているように感じました。

避難所でもアロママッサージを先生と二人で時間をみつけてさせていただきました。昼間、避難所に残っている方は高齢の方が多く、若い人たちは外出されていたり、自宅に帰って片づけをされたりと不在です。
お高齢の方はマッサージと聞くととても喜ばれます。男性の方は羨ましそうに見ていらっしゃいますがご自分からは希望されません。でも声を掛けると照れくさそうに足をだされます。震災の話を聞かせてくださいました。「何もかもなくなってしまったんだぁ」「着の身着のまま逃げてきた」と語る東北弁がとても悲しく聞こえました。

「心のケア」を待ち望んでいる方はどれほどいらっしゃることか。私たちはだれにでも癒しの技を持っています。そうです、誰にでも人を癒す力があるのです。何かをしたい・・・その気持ちがあればきっとできるのだという思いを確信しました。

石巻市JMAT報告:2

担当したエリアの診療所の一つに、石巻市立女子高校がありました。日和山という高台にあるのですが、そこは石巻市を一望できる公園もあり多くの方が津波から必死に逃れてきた場所でもあります。
短い昼休みの時間に息を切らせながら登り、石巻市の街をみさせていただきました。

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眼下にひろがる光景は、もとの姿を想像できない程の壊滅状態で戦争を知らない私でも空爆にあった街のようにみえました。うす曇りの空と共に、街全体で悲しみの悲鳴をあげているようで、思わず手を合わさずにいられない気持ちになりました。写真奥の白い建物は石巻市立病院ですが、もちろん病院としての機能は停止状態です。


墓地の横から避難通路があり降りることができ、そこは門脇小学校の敷地へとつながっていました。何度も報道されていた場所がそのままの姿でありました。無機質的な印象で何一つ生命活動の存在を感じません。唯一、生を感じる桜の木が片隅にありました。
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廃墟と化した小学校・・・新入学の子供たちを迎え入れる予定だったはずです。子供たちの遊ぶ声はしないグランドの桜の木。それでも桜の蕾は少しづつ膨らみはじめていました。桜の花が少しでも復興への気持ちを後押ししてくれることを願いました。

石巻市JMAT報告:1

4月17日のお昼過ぎに石巻市に到着しました。石巻市入りして一番最初に目に入ってきたのがこの様子です。カメラを向けるのも申し訳ないという感情や、この事実を残し伝えることも大切という複雑な感情でシャッターをきりました。

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避難所のある学校のすぐ近くでは、自動車や泥をかぶって使い物にならなくなった家具や布団、日用品が道路わきに山積みになっています。

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道幅はとても狭くなっていて、陽があたり乾燥しているのでとても埃っぽくてマスクが必要です。

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道脇のお宮様は流されていませんが、浸水して汚泥が積もっています。
白っぽくなっているところまで水がきました。

最初に見た光景は、想像を絶することばかりで言葉が出ませんでした。メンバーから発せられる声は驚きの表現ばかりです。震災一ヶ月が過ぎ住民や自衛隊、ボランティアの働きで片付けはどんどん進んでいます。まず家が残っていて住むことが出来そうな区域から片付けは始まっているようです。


最初に行った避難所は石巻市立住吉小学校でした。
学校に入ってすぐのプールには車が・・・。
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教室の入り口には診療所を示す表示がされています。
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検査もできない簡易の診療所ですが、具合が悪い時に医師の診察を受け薬をもらうことが出来るだけでも避難されている方には心強いと思います。

石巻市は赤十字病院が災害拠点病院の運営本部になっていました。
全国から災害派遣で訪れるチームの登録管理、配置や報告と中枢を担っています。避難所には救護室(診療室)が必ず設置されていることには驚きました。震災一ヶ月が過ぎ、急性期の診療から慢性期の診療になっていますが、医師・薬剤師・看護師などの医療職の人数の必要になるという事で各県から災害派遣という形でサポートされています。

石巻市を15のエリアに分け、新潟県は兵庫県と組んでエリア4を担当しました。エリア4は地域の中では被害がひどかった地域です。初日のオリエンテーション時に余震が起きることもあるので、業務遂行時には避難ルートの確認を必ずしておくようにと念をおされました。

初日の業務は住吉小学校、隣接するグループホームの避難者の高齢者の診察、市立石巻女学校の診療所の診察で終了しましたが、夜8時遅い夕食を摂りながら、ひどい疲労感と睡魔に襲われ、いつの間にか寝てしまいました。

帰ってきました。

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三日間の災害派遣活動を終えて無事帰って来ました。
沢山の方から「気をつけて行ってきてね」と心配と励ましの言葉を頂きました。
ありがとうございました。
余震もありました。そして、石巻市内の状況は想像を絶っしていました。瓦礫の撤去にたくさんのボランティアの方々が朝早くから、夜遅くまで頑張っている姿がとても印象的でした。

災害派遣活動の傍ら、心のケア・アロマトリートメントを実施することができました。正直、体力的にも疲労感は否めません。今日は早めに休むことにします。写真も撮影することができましたので、後日、ご紹介したいと思っています。

石巻の桜の蕾はまだまだ硬い状態でした。でも、たくさん蕾をつけていました。この水仙は津波に流された土地のすぐ近くに咲いていて、悲惨な状況をみて高ぶった気持ちの後に心休まる思いをしました。

プロフィール

renett

Author:renett
・リ・ネットブログへようこそ!
アロマセラピストナースの大山朋子です。

・Re・nett(リネット)はホリスティックアロマテラピーのサロンです。医療経験のあるアロマセラピストナースが辛い体調やお悩みのご相談をうけながらアロマオイルマッサージをご提供させていただきます。病気療養中の方々も安心してご相談ください。リラックスして免疫力・自然治癒力を高めるお手伝いをさせてください。

笑顔と感謝を忘れないで、ゆっくり頑張っています。

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